2024-06-03

台湾・鳳梨酥(パイナップルケーキ)にみる台湾と日本の絆編

ムラキチ初めての渡航先が台湾という事もあり、

見るものすべてが物珍しかった記憶がある

お決まりの台湾土産といえば、

空港や土産物店、スーパーなど至るところで見かけた

鳳梨酥オンライソー Ông-lâi-so🍍というパイナップルケーキ

鳳梨は福が来るを意味する「旺來」という音と似ているため

パイナップルは縁起のいい食べ物として台湾では親しまれている



150年以上の歴史がある老舗や現代風にアレンジしている専門店

生地がしっとりタイプ、サクサクタイプと

パイナップルケーキと一口に言ってもさまざま。

現代では冬瓜・ダイコンなど

他の食材などを加えているパイナップルケーキの事を鳳梨酥

パイナップルのみを使用した物を鳳梨酥と区別しているらしい



ちょっと工程が長いですが、

台湾パイナップルの美味しそうなのが手に入ったから、

ムラキチが好きなサクサクタイプで作ってみよう!!

🍍台湾土鳳梨酥パイナップルケーキ 🍍

(5cm角ほどの抜き型約15個分)



たまご液を表面に塗るとつやがある仕上がりに!

焼き色をあまり付けないタイプの方がお馴染みかも?

焼き加減はおうちのオーブンと相談。

お好みで調節して









生地*1個当たり約15g×15個分

小麦粉       100g

スキムミルク     30g

粉砂糖        25g

バター        70g

卵黄         13g

*仕上げ用のたまご  少々(なくても良い)

パイナップル餡*1個当たり約10g×15個分

パイナップル    小ぶり約1/2個

砂糖         60g

バター         5g


①おいしそうな香りのする生のパイナップルは半分に切って、

ごつごつの皮と硬い芯を取ったら、

おろし金で繊維が残るくらい荒くすりおろす

台湾パイナップルはフィリピンのより甘味が強く

芯まで食べられるのでそのまますりおろして!

でも、この作業結構地味に大変なんよね~

この時点でちょっと意気消失。。。





果汁を絞りすぎるとジューシーさがなくなるので

軽く水気を切る(この時パイナップルの果肉は250gある

絞ったパインジュースは作る人のご褒美としてそのまま飲むべし!)

これを砂糖と一緒に鍋に入れ中火にかける

かき混ぜながら火を入れていく

水気がなくなったら弱火にし、焦げないようさらにかき混ぜながら

しっかり飴色に変化させる。それを火からおろしバターを加えて混ぜたら

乾燥しないようにラップに包み、常温で冷ましておく



このくらいの飴色になるまで

しっかり煮詰める

いい香り~♪







冷めたらこれを丸いボール状に丸めて15個作りスタンバイ。

②常温に置いて柔らかくしたバターをボウルに入れ、白っぽくなるまで空気を含ませながら

滑らかになるまでかき混ぜる

卵黄を少しずつ加えながら分離しないよう気を付け、良く混ぜる

そこへ粉砂糖、スキムミルク、小麦粉を加えて混ぜ合わせて、

手で折りたたむようにしてまとめる

そうするとしっとりとしたなめらかな生地になる

バターが溶けて扱いずらいようなら、ラップに包んでしばらく冷蔵庫へ

これを15個の丸いボールにする


乾燥するとボールになりにくいので

手早く丸める





③オーブンを190度に予熱しておく

鉄板にオーブンシートを敷いておく

④生地を丸く伸ばしたらパイナップル餡を中央にのせてくるむ

それを好みの型に入れて押し付け、ゆっくりと押し出す


四角い専用の抜型や押し棒も

製菓材料を扱う店で販売しているらしいが

ない場合は好きなクッキー型でもよい

複雑な形より

丸とかハートとか単純なものの方が

綺麗に抜ける

表面を押し付けて平らにするのがポイント




⑤表面にたまごを溶いた液を刷毛で塗ったら、

オーブンを180度に下げて約18分焼く


濃縮されたパイナップル餡がぎゅっとたっぷり!!

ケーキというよりクッキ―に近い食感

1日目はサクサク。

2日・3日後からは、まわりの生地がしっとりとしてきて

パイナップル餡もより馴染んでくる

ここまでの道のりは長かったけど

手作りはやっぱり美味しいな~


2021年中国が台湾パイナップルに難癖をつけて、輸入停止を決めたことで

日本国内で「応援購入」の動きが広まったニュースは記憶に新しい。

台湾パイナップルの収穫は3月くらいから始まり、5月6月にかけてがピークを迎える

そう、まさに今が旬!!

その台湾パイナップル産業がここまで成長するきっかけとなったのが

日本統治時代と知って驚いた


1895年(明治28年)日清戦争で清国に勝利した日本は

下関条約により台湾を譲渡され、統治することになった

このとき日本は

台湾人を日本人化する「同化主義」をすすめることになる


そういえばムラキチが台湾に行った時

思った以上に「日本製」の物があふれていたり、

日本語が上手な人も多かった

ムラキチは何にもしてないのに、

大学時代の留学生・郭(カク)ちゃんのお父さんには

「日本人にはお世話になったから」と訪問した際、

素晴らしいおもてなしで私達日本人を歓迎してくれた

ムラキチ世界旅行台湾編

郭ちゃんのお父さんのように、先祖から話しを聞いている人は

有難いことに今でも「台湾が急速に発展できたのは日本人のおかげ」

と、肯定的に思ってくれている人たちもいる

ヨーロッパ諸国の植民地化のように、遠方の「異民族」支配ではなく

本国に近い「隣人」であるアジアの人々を支配した事実は

より残虐的で、水に流すどころの話ではないと思うのだが

会う人会う人みんな

「日本に対して憧れている」と口を揃えて言うので

(だからこそ郭ちゃんは日本に留学したんだけど)

逆に恐縮してしまった



台湾では昔から一部の地域でパイナップルを栽培していたが

酸味が強いのが特徴だった(鳳梨酥冬瓜を加えていたのはその酸味を和らげるため)

また、生のパイナップルは日持ちしないため長期の輸送には向かなかった

世界で缶詰貯蔵技術の発達により、台湾パイン缶も遠隔地への輸送が可能になったことで

需要が高まることに目を付けた日本人が

ハワイで学んだ缶詰加工・経営システムを台湾に導入。

1930年頃には台湾パイン缶製造高がハワイ、

マライ連邦(イギリス領マラヤ・現在のマレーシア)

に次ぐ世界大3位にまで拡大したそうだ

パイナップルが安定的に増産される体制が整うと、

パイナップルを用いた新たな加工品(製菓)も製造されるようになる

諸説あるがは鳳梨酥

日系移民がハワイで販売していた ハワイアンショートブレッドパイナップル

がもとではなか?と考えられている

台湾における近代パイナップル産業確立も、

パイナップルを用いた焼き菓子のノウハウも

日本人が伝承したものだとすれば、それはとても興味深い


しかし台湾パイナップルはその後80年代あたりから、

より安価なフィリピンなどの東南アジア産との価格競争に敗れ、

急速に海外市場をに失っている

我が国日本も、ここ数年で円安が進んだことで

あんなに押していた台湾パイナップル消費にさえ

陰りが見え始めているという

そういう経済的な意味では

ちょっと元気がなくなってきた国同士だけど

震災が起こった時にはすぐお互いに助け合える、友好的な関係は顕在である


焼きあがった鳳梨酥をもぐもぐ食べながら

それぞれの国の発展を願ったムラキチでした










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