2025-03-12

ついに!世界ふしぎ発見!マチュピチュに着いたぞ!編

 マチュピチュ村からハイラム・ビンガム・ロードを

シャトルバスに揺られる事約25分。

ついに!マチュピチュ遺跡の入り口に到着した!

本日マチュピチュの天気予報が、降水確率80%だったため、

青空を確認できると、一気にテンションが上がってきた!


マチュピチュMachu Picchuとは老いた峰を意味する

現地語ケチュアの言葉でMachuPikchuを地名にしたもの。

1911年遺跡を発見した考古学者ハイラム・ビンガムが、

この遺跡は何という名前か聞いたところ、

現地民が山の名前を聞かれていると勘違いして、

マチュピチュになったんだそう。

世界中に知られている観光地の名前が、

間違いによってつけられた名前とは、実に面白い。


ムラキチ達はCircuito2という

午前中の4時間まで滞在できる

定番コースチケットを日本で予約

(152ソル=約6400円/一人あたり)

エントランス入場時間は8:00と

記載されている。

(有効時間30分以内)


遺跡内にはトイレがなく一方通行と聞いていたので、

入口にあるトイレに念のため入っておく。

入口で係員に2ソル=約84円を払うと中に入ることが出来る。

さすがに観光地なので、ペーパーはあったが、タイミングによっては

お掃除の係員が交換していないこともあるので、

トイレットペーパーは常に持っていくのがよろしい。


遺跡の入場にガイドは特に必要ないが、

やっぱりガイドを付けたいという人は、

ここでもネームタグをつけた公認ガイドが

声をかけてくれる。

金額は交渉次第。30ソル~50ソル程度

記念撮影などサービスしてくれた時は、

+チップが必要かな?




ムラキチはマチュピチュ観光を計画してから約半年間、図書館などで資料を集め、

自分で事前に勉強してきたので、ガイドは特に付けなかった。

遺跡内は見学できるルートがきちんと決められている。

ところどころに監視員がいて、逆走したり、ルートからはずれると笛を吹かれ注意される。



いきなりの上り坂で結構辛い。

一歩づつ踏みしめながら、

深呼吸も忘れずに、ゆっくり階段を上る

少し暑くなってきて、

上着を一枚脱ぐ。





頑張って登ったご褒美はこの絶景!
本当に来てよかった~!!
太陽(インティ)も歓迎してくれている!

目の前にある丸い山は
神と関係のあるプトゥクシ山
「喜び山」という意味
その奥のとがっている山はヤナンティン
相対性の象徴の山





まずはみんなが写真を撮りまくって
前に進まない📷スポット「見張り小屋
段々畑の最上段にある。
高地に自生するイチュというイネ科の植物で復元された
茅葺き屋根は、まるで「昔ばなし」の世界。
三方に壁がある「ワイラナ建築」という様式で、
ほら貝で太陽の光を反射させ、遠くにいる者と
交信していたとされている







壁に飛び出している石の四角い突起は
屋根を支える柱を結び付けるもの




もう、この辺りは
階段1段上がっただけでも
みんな写真をパシャパシャ撮りまくる!笑
何といっても、霧や雲で見え隠れする遺跡の表情が
その都度異なるため、
みんな最高の1枚をおさめようと
必死になっている。

*わんこ、どっから来たん?!






まだ遺跡の入り口なのに、
ムラキチ達も
シャッターを切る手が止まらない。














そうよ!これこれ!
この上から遺跡を見下ろす写真。
マチュピチュに来た実感がわいてくる。
パンフレットや教科書で目にする
このアングルを見られるのは
Circuito2のコースではここだけとなる。
思う存分写真や動画を撮りまくる。
そして、しっかり
目に焼き付けておくのも忘れないで!






それにしても、
これほどの人が群がっているのに、
未だ日本人に出会っていない。
確かにパンデミック前は
日本人も、うじゃうじゃいただろうに。。。
これも円安の影響か?
確かにムラキチ達が真剣に南米旅行を計画した
5年前と比べても、
値段がひとり40万ほど跳ね上がっている。
どこもかしこも12日間だと
130万円越え(エコノミークラス)のツアーしかなく、今回はなるべく費用を抑えるため、
豪華なレストランでの食事などを省いた個人旅行を選んだのだ。(そもそも高山病で、1日にバナナ1本も食べられなかったぞ!)


一般的に遺跡は、約1420年代頃に建設され始めたと言われている。スペインの侵略から逃れるためにインカの人々がこの空中都市を作ったという説や、皇帝の離宮説、
太陽崇拝という宗教的な施設だとするもの
が挙げられているが、
詳しくは良く分かっていない。




居住区には140以上の民家が確認されており、
約500人前後の人々が住み、
1軒あたり5~6人が生活していたと考えられている。
しかし500人が自給自足するには、
マチュピチュの農地の規模は小さく、インカ道を通って
近隣の地域から食料なりを運んできたのではないかとされている。
そんな彼らが、何故この地を去ったのかも分かっていない。





分からないのもまた浪漫があるな~

中学時代に「世界ふしぎ発見」を毎週心待ちにし、
卒業文集では
「将来世界中を旅する探検家になる!」
と、本気で書いていたムラキチの夢が
ついに!叶った瞬間。
嬉しさをかみしめている。。。









~マチュピチュ遺跡はまだまだ続く~



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